重要文化財
三宝院殿堂
護摩堂
桃山 慶長3 1598
桁行五間
梁間三間
一重
入母屋造
妻入
向拝一間
桟瓦葺
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幾千の 祈りが焦がす 護摩の堂
三宝院本堂である護摩堂は、密教の儀式「護摩供」が行われる重要な建物です。
護摩供とは、煩悩を象徴する護摩木を火にくべて焼き尽くし、心身の浄化と願いの成就を祈る修法です。



建物は安土桃山時代の宗教建築で、一重入母屋造、妻入、向拝付き、屋根は桟瓦葺です。
素朴ながら重厚な構えが、堂内に満ちる荘厳な雰囲気を際立たせています。




建本尊には、鎌倉時代の慶派仏師・快慶が建久3年(1192)に造立した弥勒菩薩坐像を、左右には宗祖弘法大師と開祖理源大師の像が安置されています。
歴史、信仰、芸術が静かに融合した、三宝院の歴史と精神性を体現する、静謐にして格調高き御堂です。




理源大師 聖宝
平安時代前期の真言宗の僧。理源大師。光仁天皇の玄孫。密教を極めて真言宗小野流を創始し、醍醐寺を開いた。東寺長者や東南院長を歴任し、役小角の系譜を継いで金峯山の修行場を再興、柴燈護摩を実践して修験道当山派の祖とされる。832–909。

弘法大師 空海
平安時代の僧。弘法大師。真言宗の開祖。当時の三筆の一人。(774〜835)

快慶
生没年不明。鎌倉時代初期に活躍した慶派の仏師。運慶とともに鎌倉彫刻の新様式の完成に重要な役割を果たした人物として並び称されてきた。
慶派
平安時代後期から江戸時代に至る奈良仏師の一派。各時代で名工を輩出している。
鎌倉時代
源頼朝が鎌倉に幕府を開いてから1333年(元弘3)北条高時の滅亡に至るまで約150年間の称。
向拝
社殿や仏堂で、屋根を正面の階段上に張り出した部分。導師や参拝者が堂舎の正面から礼拝出来る施設。
妻入
建物の妻側(三角形の破風面がある側)を正面とし、出入口を設ける構造様式。
安土桃山時代
時代区分の一つ。織田信長が足利義昭を奉じて入京した1568年から豊臣秀吉が亡くなった1598年、または徳川家康が征夷大将軍に任じられ幕府を開いた1603年までを指す。
護摩木
護摩供で火に投じるための木片。願い事や氏名を書き、炎で焼き尽くすことで煩悩を除き、諸仏に願意を届けるとされる。主にヒノキや杉が使われる。
護摩供
密教で行われる重要な修法の一つ。護摩壇で火を焚き、供物を火中に投じて諸仏・諸尊に供養し、願意を成就させる儀式。

桟瓦葺
横断面が波形の瓦一種類だけを使う葺き方で、江戸時代に考案された。本瓦葺に比べて経済的なことから簡略瓦とも呼ばれていた。現在、町屋や住宅などで普通に葺かれているのが桟瓦葺である。

入母屋造
母屋を切妻造とし、その四方に廂を葺き下ろして一つの屋根としたもの。

一重
外観において屋根が一層に見える建築様式。
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