三宝院について
この記事は約2分で読めます

美と信仰が
ひとつに息づく、
桃山の至宝
三宝院は、仏・法・僧の「三宝」をその名に冠する、世界遺産・醍醐寺の中枢をなす本坊です。
永久3年(1115)の創建以来、歴代座主の居を構えた場として重んじられています。

桃山時代には、豊臣秀吉の主導により大規模な整備が行われ、三宝院は、桃山の美意識を色濃く映す空間として再構成されました。
国宝・表書院をはじめ、玄関、護摩堂、宸殿と続く諸建築は、いずれも桃山の雅を湛えた格調高い意匠となっています。



室内を彩る襖絵もまた、高い芸術的評価を受けています。
さらに、国の特別名勝・特別史跡の三宝院庭園は、桃山の造園美の粋を極めた、日本を代表する名苑です。
その宗教的格式の高さは、日本仏教界においても際立ち、信仰・建築・造園芸術が有機的に融け合う洗練された空間です。
まさに三宝院は、日本が世界に誇る、比類なき宗教文化遺産といえるでしょう。


豊臣秀吉
安土桃山時代の武将。はじめ織田信長に仕え、天正10年(1582)の本能寺の変により信長が亡くなると、いち早く後継者として名乗りを上げ、敵対勢力を破り天下を統一した。天正11年(1583)からは覇者にふさわしい五層八重の天守閣をもつ大阪城の建築に着手した。豊太閤と呼ばれた彼の時代は、茶の湯や狩野派の絵画に代表される豪華絢爛な桃山文化が開花した。
三井寺との関係は、おおむね良好であったが、晩年を迎えた文禄4年(1595)、突如として三井寺に闕所令を下した。三井寺は、慶長3年(1598)8月の彼の死後、秀吉の正妻・北政所のもとで再興されることになる。

座主
日本の仏教寺院における高位の僧職またはその寺院の最高指導者の称号。特に天台宗や真言宗、華厳宗などにおいて重要な意味を持つ。
勝覚
平安時代後期の真言宗の僧。醍醐寺第14世座主。永久3年(1115)に三宝院(当初は灌頂院)を創建。東寺長者や東大寺別当を歴任し、仏教界内で大きな影響力を持った。1057–1129。

桃山時代
織田信長・豊臣秀吉による天下統一期。伏見桃山城にちなんで名付けられ、検地・刀狩などで支配体制が整備された。1573〜1603。
INFOMATION
醍醐寺 三宝院
京都市伏見区醍醐東大路町22
【拝観時間】
夏季:9:00~17:00(3月1日〜12月第1日曜日までの期間)
冬季:9:00~16:30(12月第1日曜日の翌日〜2月末日までの期間)
※閉門時間30分前で受付終了